「バンクシーって誰?展」プロデューサー
日本テレビ/落合ギャラン 健造 氏 インタビュー

そもそも美術展のプロデューサーとは… ?
海外の美術館からどんな作品を持ってくると興味を持ってもらえるのか、面白いんじゃないか、と時勢を読んだりしながら企画を立てていきます。展覧会のテレビCM、特別番組、チラシやポスター等の宣伝面をプロデュースし、更に、音声ガイドのナレーションを担当して頂く方を探して交渉したり、限定グッズの企画等、より展覧会を楽しんで頂くためのプロデュースも行います。
「バンクシーって誰?展」をやろうと思ったきっかけ
2018年にバンクシーの作品『風船と少女』が、サザビーズのオークション会場で突如シュレッダーで裁断されるという、アート界におけるある種の大事件が起きました。それが瞬く間にメディアやSNSで世界中に拡散されるのを目の当たりにして、このアーティストはアートという平和的な手法で、世の中に国籍、言語問わずにメッセージを届ける、現代アートの最先端をいってる人だな、と思い注目しました。もしバンクシーを扱った展覧会が出来れば、新たなチャレンジだし、画期的なのでは、と思ったのがきっかけです。
「バンクシーって誰?展」再現展示で工夫した点
バンクシーの作品のハイライトが、海外の街並みの中で疑似体験できるように仕立てました。 バンクシーはストリートアーティストですので、美術館空間で陳列された作品を1点1点鑑賞する、という類の作家では元々ないんですよね。 バンクシーが時と場所を考えて、ストリートにグラフィティ(作品)をボム(投下)してきた緊張感やサイズ感や、こういう社会情勢の中で書いたんだ、という事を伝えられないと勿体ないと思い、展覧会全体を体感型で楽しいものに仕立てつつ、作品に込められたメッセージや本質が伝わるように工夫しました。
再現展示で苦労した点
扱うテーマが難し過ぎず、ユーモアも残しながら、バンクシーのメッセージが日本人にも伝わり易い作品に絞り込むのに時間がかかりました。 街並みの再現に際しては、日本テレビアート(テレビの美術セット等を作る会社)が、熟練の職人を集めてくれました。 街並みや風景の中にバンクシーの作品が映り込んだ写真を基に、様々な本物の小道具を海外から輸入したり、エイジングと呼ばれる”汚し”を施したり、より立体的でリアルな展示演出にこだわりました。
「ゴミ」の小道具がリアルすぎて清掃の方が捨てそうになった、と聞きました。
東京展では、道端に置いていたタバコの吸い殻の小道具が微妙に減っていきました。演出の一部なのですが、お掃除が行き届き過ぎたのだと思います(笑) 因みにセットのゴミ箱に捨ててある「ゴミ」も海外からわざわざ取り寄せたものもあります。 コロナ禍に突入し、テレビや映画、舞台演劇のセットの制作等、最前線で活躍される熟練の職人の現場が、次々とキャンセルになったんですけど、この展覧会の発注だけは残って。そういった方々のノウハウが集結し、職人の皆さんが力を発揮する場となりました。本当に皆さん、ギリギリまでこだわって作ってくれました。

再現展示 各作品のこだわり

≪Flower Thrower≫

実際この作品が描かれたのが、ガソリンスタンドの後ろの壁面なんですけども、高さ5mもあるんですよね。とても一枚の型紙では描けない作品ですよね。恐らく、分割した型紙で、大きな5mの絵をチームで描いてるんでしょうね。こういう場所でこんなに大きい作品を描いたんだ!という事が伝わればいいなと思います。写真を撮る際には煽るように低い位置からカメラを構えると、より高さが強調されます。また、日本テレビアートによると、足元の塗装の「汚し」は、再現展示の中でも一番自信があるとの事ですよ。

≪Flower Thrower≫ ©NTV 東京展会場より
≪Flower Thrower≫ ©NTV 東京展会場より

≪Aachoo!!≫

イギリスでも屈指の急勾配の街にある坂道を利用して、コロナ禍に入ってから描かれた作品です。その「斜め具合」にこだわりました。手すりの錆びや漆喰の壁の汚しなんかも秀逸で、すごくリアルに再現されています。写真を撮る際には、町並みを入れるとすごくリアルになりますし、あえて角度をつけるとトリックアートのような感じにもなり、オススメです。

≪Aachoo!!≫ ©NTV 東京展会場より
≪Aachoo!!≫ ©NTV 東京展会場より

≪Les Miserables≫

この作品が大事なのは、バンクシーがグラフィティの作品の一部として描いたQRコードです。QRコードを読み込むと、政府が事実を隠蔽しているという事がわかるYouTube動画を見ることができます。フランス政府の警備隊が難民キャンプを弾圧している映像です。グラフィティでQRコードを使ったのはバンクシーが初めてとも言われています。現代アートの最前線にいるバンクシーは、SNSを上手く使っているアーティストですよね。もちろん、再現展示でも、実際にお客さ んがQRコードを読み込めます。是非読み込んでみてください。

≪Les Miserables≫ ©NTV 東京展会場より
≪Les Miserables≫ ©NTV 東京展会場より

≪Spy Booth≫

これはもう実際には撤去されてしまった作品なんです。電話ボックスは鉄で再現したのでとても重いです。叩くと鉄の音がします。そこまでこだわったか!という感じです。中にある電話機もイギリスからわざわざ輸入しました。

≪Spy Booth≫ ©NTV 東京展会場より
≪Spy Booth≫ ©NTV 東京展会場より

≪Girl with Balloon≫

バンクシーが初めて「風船と少女」のモチーフを描いた作品です。雑草を埋め込んだり、配線を付け足したりして、リアルに作り込みました。照明による陰影もポイントです。是非会場で体感してもらえればと思います。写真を撮るにも良いスポットになります。

≪Girl with Balloon≫ ©NTV 東京展会場より
≪Girl with Balloon≫ ©NTV 東京展会場より

≪Giant Kitten≫

どんな世代の人でもパッと見て可愛いと思える作品ですよね。こだわったポイントはガザ地区の廃墟の銃弾跡のリアルさです。また、猫が遊ぶ毛玉に見立てた鉄くずですが、再現展示の素材は鉄ではないんです。鉄に見せる職人技にも注目です。また、この展示を写真に撮ると、右手奥に子供たちがうずくまって遊んでいる様子が、映り込みます。実は「作品を写真に撮ることによって、周りに映り込むもの」が、本当にバンクシーが伝えたい事なんですね。世界にはこういう大変な状況に置かれている人達がいて、これを見て見ぬふりをするのではなくて、多くの人に気付いてもらい、支援に繋がれば、アートをやっている意味が強くなる、という想いがバンクシーにはあるのだと思います。

≪Giant Kitten≫ ©NTV 東京展会場より
≪Giant Kitten≫ ©NTV 東京展会場より

この展覧会の楽しみ方

コロナ禍で世界各地に行けないので、ぜひ会場に足を運んで、旅気分で色んな写真を撮って頂けたら幸いです。
自宅に帰った後に写真を見返して「なんだかいつもと違う体験だったな」と思い返したり、作品の意味合いやバンクシーが込めたメッセージを、後からでもじっくり消化して頂ければと思います。今、日本にバンクシーが居たらどんな絵を描くんだろうな、等と思いを巡らせるのも良いですよね。この展覧会で現地の雰囲気を少しでも感じてもらって、コロナの状況が落ち着いたら、是非、世界各地でバンクシーの作品を探して見てもらえると嬉しいです。
また、中村倫也さんによる音声ガイドもとても聞きやすいと思います。会場には解説パネルもありますが、更に踏み込んだ内容で、倫也さんの素敵な声と共に心地よく旅に出られる演出になっているので、そちらもオススメです。
バンクシーを取材した事があるという人に話を聞いたんですけど、「あなたは何でこの活動をしているんですか?」という質問に対して、しばらく考えたバンクシーが「世界平和のためだ」と答えたそうです。特に今の世界情勢の中で、バンクシーの作品の持つ意味合いが強まってきていると思います。ぜひ会場で見て感じた事を、世界に拡散してもらえると、バンクシーも喜ぶんじゃないかな、と思いますね。

落合ギャラン 健造
(Kenzo Ochiai-Galand)

カナダ、モントリオール出身。早稲田大学政治経済学部卒。大学から日本へ移り、劇団俳優座での俳優経験を経て、2005年に株式会社スタジオジブリ入社。海外事業部で長編作品の海外プロモートやジブリ美術館の企画展制作、イベント事業室でアニメーションの原画展制作などに携わり、2015年に日本テレビ入社。グローバルビジネス局イベント事業部でプロデューサーとして主に美術展を担当。主な展覧会は、2016年「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」展や2017年「ディズニー・アート展」、2021年は「バンクシーって誰?展」と「庵野秀明展」を担当。

落合ギャラン 健造